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大人の人生はおもしろいか

この質問に答えようとすること。これこそが、僕らの創造と豊穣の源泉なのである。

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リーマンショック2~金融危機を肯定する~

前回、リーマンショックについて考えるということで、
資本主義というものが内在する
実体から乖離しようとする性質、
これが、今回の一連の金融危機を生み出している
と結論付けた。

そして、だからといって、その実体から乖離しようとする
性質の源泉である「貪欲さ」に責めをもっていっても、
それって、資本主義のセントラルドグマ(※)そのものであり、
自己矛盾ジャンってことで、
さて、どうしましょう。
ということだった。

(※)資本主義って、個々が利己的に行動することにより
資金が効率的に分配され、経済が活性化するということだと思う。


じつは、前回の記事をアップしたときには、
次の記事もできていて、すぐアップしようとしてたんだけど、
なんか、ちょっと違うような気がしてきたので、
今日は別の内容を書くことにする。

で、どんな内容をUPしようとしていたかというと、
こんな内容だ。

・上記の性質をもつため、バブルが一定の規模と頻度で起こるのはしなたがない。
・しかし、その影響が大きすぎて、実体経済に影響を与えすぎるのは問題だ。
・今回の問題で、貪欲すぎる投資銀行やヘッジファンドなどの金融機関
 がいけないという意見はあるが、貪欲なのは資本主義の本能なわけで、
 それを批判するのはお門違いだ。
・それより、そこに規制のメスをいれなかった金融当局
 ほかでもない、グリーンスパンがわるい。
・で、どうするか?といことについては次の2つが必要。
1.リスクをとっていくのは企業の勝手だが、そのリスクの大きさが
  客観的に評価できる仕組み。
  ⇒これによって、リスクのある企業に対して負のインセンティブ
  がはたらくため、実体からの乖離が抑制できる
2.大きすぎてつぶせないはだめ。
  ⇒リスクの大きさにおおじて、規模を制限する。

まあ、そんなに言っていることは
大きくは間違っちゃいないけど、
なんか夢が無いというか、いつもの、”暴論のやまいもさん”
らしくはない。

そこで、ここからは、「金融危機を肯定する」と題して、
もう少し夢のある話をしたい。

「アメリカが風邪をひくと、日本がくしゃみ」をする
という言葉がある。

で、こと言葉って、他の国にもあてはまって、
というより、全世界にあてはまったりして、
どちらかというと、
「アメリカが風邪を引くと、全世界がくしゃみする」
というのが現実だったりする。

つまり、アメリカが世界経済を牽引していたのは紛れも無い
事実であり、
これを可能にしたのが、アメリカの金融業界が
開拓した「実体なきフロンティア」であった。

そして、そこから生み出された富による
莫大な購買力が、新興国を潤し、
アメリカと新興国に輸出している日本にも、
恵みの雨をもたらすという
こういった構図であったわけだ。

このため、世界経済の先頭がこけてしまえば、
その下流にある日本をはじめとする、世界経済は
ふんずまってしまうということになる。

デカップリング論というのがあって、
なにも、アメリカ経済にすべてが依存するのではなく、
新興国も十分に市場は大きくなり、その内的な成長力
が世界経済を牽引することだってできるのでは、
という議論がある。

しかし、やはり人口的に規模は大きい
もののあくまで実体に即しているため、
アメリカの実体無きフロンティアにくらべれば、
その推進力は弱い。

ということで、世界経済は今回の金融危機で
強力な牽引力を失ったと見るのが正しいだろう。

そうすると、どうなるか。

今回の金融危機で否定されたのが実体無きフロンティア
だとすると、牽引してくれるのは、「実体」しかなくなってくる。
そして、その「実体」による牽引力が、相対的に弱い
ということなわけで、待っているのは、

「成長力に乏しい、陰鬱な時代」

となる。

どこが、夢のある話なのかと思われる向きもあるかもしれない。

しかし、どうだい?

金融業が成長産業で、経済のメインプレーヤーであるのって。
つまり、金融万能の時代っておかしくないかい?
ってことが言いたいわけです。

もっと端的に言うと、まともな時代になった
というか、なるであろう
ということができるんじゃないかと思うのだ。

先ほどは、陰鬱な時代という否定的な言葉をつかった。

言い換えよう。

「成長力には乏しいものの実体に根ざした、 
 安定したすばらしい時代」

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2008/10/04(Sat)  未分類コメント(2)トラックバック(0)
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コメント





















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[55]No title
【ウェブ】http://gokujoubusiness.blog120.fc2.com/
【メール】

こんばんは~。

「暴論のやまいも」さんなのに、結論は結構納得できましたよ。

今回の危機で、金融それ自体に罪があるような言い方をしていたコメンテーターがいました。
わかってね~な~、という感じで、否定すべきは金融ではなく、ここ最近のような「根拠なき熱狂」であるはず。
で、今回のことで頭を冷やすことができたのはよかったんじゃないかな、と思います。(が、あくまで僕自身の個人的心境は「ドキドキ!」です)

今後はたしてやまいもさん言うように「実体に根ざした」経済になるかどうか?う~ん、人はすぐ、忘れちゃいますからね~。

  • 2008/10/06(Mon) 22:05
  • ドクエメット
  • 編集 ]
[56]No title
【ウェブ】http://sisousei.blog33.fc2.com/
【メール】

ドクエメットさん

こんばんは。

>金融それ自体に罪があるような言い方をしていたコメンテーターがいました。


本当にそうですね。

何か悪いことがあると
どこかに悪者を探そうとしてしまいますが、
今回の危機については、
よかった部分ってものあるんじゃないかと思っています。

そのひとつは、市場というものの
どうしようもないほどの健全さです。

これだけの、大きな影響力をもっていた
投資銀行という存在に対して
自浄作用がちゃんと働いたということです。
これは考えてみればすごいことだと思うんです。


  • 2008/10/07(Tue) 00:22
  • やまいも
  • 編集 ]
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やまいも

Author:やまいも
金融系システムの仕事をしています。
趣味は理屈をこねること。
そして、こねた理屈で人類の幸福を希求する。
これが私の願いなのです。

代表的な記事としては、次のものがあります。

「空気を読む」という言葉に内包されている危険な側面
人類の進化という観点から捉えた金融危機の意味について
自由論
HappynessとSuccessそして有能であるということ
やさしさについて
自我(エゴ)

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