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大人の人生はおもしろいか

この質問に答えようとすること。これこそが、僕らの創造と豊穣の源泉なのである。

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リーマンショック①

リーマンショック。

これについては、思うところも多い。

日々いろいろなことが起こるので、
タイミングを逸していたわけだが、
ちょいとことあたりで、総括といきたい。

まずは、基本的なところからいこう。

資本主義って、「差異」が成長を生み出すというところが、基本なんだと思う。
教科書的に言うならば、経済格差のある都市と地方、途上国と先進国といった
差異が、成長を生んでいくってことになっていて、それがゆえに、
僕らは未開のフロンティアを常に開拓していくのだ、と。

しかし、そういった実体経済に即した「差異」だけでは、
金融資本そのものが要求する成長力では、足りなくなってしまう、と。
(金融資本というものは、その本能として増殖するべく性質づけられているのだ。)
 
そこで、証券化をはじめとする
金融手法の高度化により、新たな市場を創出することによって
フロンティアを開拓していこうした。

こうして作り出したフロンティアには、
広大なリスクがあるのが通常だ。

しかし、投資銀行、ヘッジファンドを中心に
過度のリスクをとることに対して、インセンティブが
働くような仕組みになっていたため、リスクテイクバブル
と呼ばれる、リスクがリスクでなくなるようなバブルが形成されれ、
実体とかけ離れ、ついには、はじけた、と。

大まかに言うと、こういったところが、
昨今の金融危機及びその周辺に関する
アウトラインということになるだろう。

(あまりに、アウトラインすぎてよくわからんとは、
 おもうが、記事の最後に本を紹介しておくので参考されたい。)


そこで、問題としたいのは「実体」という言葉だ。

実体という言葉は、いかにも普通に理解可能な
風な装いをしていながら、実際のところ
その境界線を引こうとするのは、結構難しい。

たとえば、都心のタワー型マンションで、駅から5分、
3LDK、70平米、6000万の物件があったとする。

この価格が、実体に即しているといえるだろうか。

この価格だと買う人がいるだろう。
であれば、なんとなく、実体に即しているように思う。

しかし、これが、1億5000万だったら、どうだろう。
この価格だと多分買い手がいないので、実体に即していないと
いえるのかもしれない。

しかし、その境界はといわれると、はなはだ怪しくなってくる。

ちょっと、話が先に行き過ぎたので、もう少し基本的なところに
立ち戻って考えてみたい。

そもそも、投資するとは、どういうことか考えてみたい。
これは、第一義的には、キャッシュフローを生むからということになると思う。
つまり、インカムゲインを目的として、投資をするというわけである。
であるならば、配当金にたいして、株価が適当かどうかが
実体に即しているかどうかの見極めポイントとなる。

しかし、ことは、そう簡単なわけではない。
会社の業績は、変動するからである。
つまり、今は、配当金をあまりださないけど、
これから、業績が伸びることが期待できて
今後、十分なキャッシュフローを生むだろうとおもわれる、
この場合、一時的に割高でも、買ってしまえということになる。

そうやって、割高な株を買う人が多ければ、株価はもっと割高になっていく
こうして、インカムゲインという考え方からすると
「実体に即していない」という状況が発生する。

しかし、ちゃんとその企業が成長し、当初期待した
キャッシュフローが生み出されるなら、
「実体に即していた」とも考えられるわけで、
この「実体」という言葉の、線引きが、怪しくなってくる。

また、そもそも、インカムゲインを無視して、
その企業の好業績を予想して株が値上がりすることに、
賭けて、転売目的で、投資する人もいる。
つまり、キャピタルゲイン目的である。
こうなってくると、そもそもの「実体」を基にして
売買していないわけで、そもそも、「実体」なんてどうでもよい
ということになる。


さて、話を元に戻そう。
最初の話では、金融資本の本能でもある自己増殖性が要求する成長力が、
実体経済から生み出される成長力では足りなくなってしまったため、
実体から経済が乖離してしまった、ということだった。

であれば、、金融資本の貪欲な自己増殖性が悪いとか、
実体から乖離するのが悪いとか、
そういうことを主張する人がいてもおかしくはない。

しかし、この「実体」というものが、あいまいである以上
原理的に、この主張は現実性をもたない。
つまり、お題目を唱えるのは自由だが、具体的にどこに線引きをするのか
ということが、難しいため、実効性に疑問が残るからだ。

また、資本主義の「貪欲さ」に責めを持っていくというのも、
資本主義のセントラルドグマに挑戦するようで、どうも、旗色が悪い。


というわけで、じゃあ、どうすんねん?
ということになるわけだが、
それは、次回にお話しする。

すべての経済はバブルに通じる (光文社新書 363) (光文社新書 363)すべての経済はバブルに通じる (光文社新書 363) (光文社新書 363)
(2008/08/12)
小幡績

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2008/09/28(Sun)  未分類コメント(2)トラックバック(0)
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コメント





















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[52]No title
【ウェブ】http://19971129.blog47.fc2.com/
【メール】

こんばんは。

実体って極めて主観的なものだと思います。

 実体の価値は実体とその対象(わかりやすくいえば買い手)の関係性の中で決まります。この関係性はそれこそ無限ですから、実体の価値は計測不可能です。便宜上計測できるように見えるだけです。

 話がそれましたが、資本主義経済の第1段階は地球上の限りあるパイをいかに多く奪うことができるかだと思います。

 第2段階が、やまいもさんのいう自己増殖です。奪ったもの同士が奪ったものの価値をいかに高めるかの競争です。
 
 クロージングに詰まったのでやめます。
次回のお話を期待しています。

  • 2008/09/30(Tue) 19:56
  • やっちゃばの士
  • 編集 ]
[53]やっちゃばの士さんへ
【ウェブ】http://sisousei.blog33.fc2.com/
【メール】

やっちゃばの士さん

こんばんは。

おそろしい世界観を持っていらっしゃる。

限りあるパイの奪い合い。
自己増殖の競争。

なんとも、おぞましい。

行き着く先は、どんな世界になってしまうのでしょうか?

  • 2008/09/30(Tue) 22:55
  • やまいも
  • 編集 ]
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やまいも

Author:やまいも
金融系システムの仕事をしています。
趣味は理屈をこねること。
そして、こねた理屈で人類の幸福を希求する。
これが私の願いなのです。

代表的な記事としては、次のものがあります。

「空気を読む」という言葉に内包されている危険な側面
人類の進化という観点から捉えた金融危機の意味について
自由論
HappynessとSuccessそして有能であるということ
やさしさについて
自我(エゴ)

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