さて、今回は前回予告したとおり、
新チャイルディッシュ主義者として、
如何に抽象度の戦いを繰り広げているか、
ということについて報告する。
■交流分析
交流分析という言葉を知っているだろうか。
1950年代、精神科医エリックバーンによって
提唱された心理学理論である。
詳しくは以下のサイトを参照されたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E6%B5%81%E5%88%86%E6%9E%90(ウィキペディアってときたま、すごく充実してるときあるよね。
交流分析の項目もすごく充実しててたのしい。。。)
で、その中に、自我状態モデルというのがあって、
人は、次の3つの自我状態があり、このうち
いずれかの状態にあるという。
以下、ウィキペディアから抜粋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
P(Parent):これは人々が、無意識のうちに両親(または親の代わりとなるもの)の
行動パターンを模倣をして、行動し、感じ、思考する状態。例えば、影響力のある
人が怒鳴りつけているのを見て、それが有効であると幼い頃に学んでいたら、
その人も欲求不満から人を怒鳴りつけるかもしれないことが挙げられる。
A(Adult):これは、「今-ここ」でどのようなことが起きているのかについて人々が
行動し、感じ、冷静に思考する状態。この状態では、長年生きてきた大人としての
人間の経験、知識が活かされ、人を行動させる。このA(Adult)の自我状態では、
自身は、現実における客観的な評価の対象として見られる。
C(Child):これは人が子供の頃にどのように振舞ったかと同じように、行動し、感じ、
思考する状態。例えば、上司から怒られている人は、まるで子供の頃に行ったように、
その上司を見下し、屈辱や怒りを覚えるかもしれないであろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Parent、Adult、Childのいずれの状態にあるかは、人の発言に現れます。
「○○にしたいなぁ」(Child)
「××はちゃんとチェックしたか?」(Parent)
例えば、こんな感じ。
■コンプライアンス
新チャイルディッシュ主義者は、デフォルトがChildです。ですので、
「○○にしたいなぁ」
「△△はしたくないなぁ」
「□□だったらかっこいいよなぁ」
とか、そんなことばかりを考えています。
ですので、上から目線で、Pが
「××はちゃんとチェックしたか?」
とかいわれちゃうと、弱いわけです。
だって、子供が大人に従うのは、当然という空気があるでしょ。
で、この××ってところに、よく出てくるのが、
コンプライアンスです。
Parentの論理は、コンプライアンスは絶対だから
「議論の余地はないの!」というものです。
「議論の余地はないの!」と、思考停止して
いるところというのは、たいがい実は大いに
議論の余地のあるところでして、
抽象度の階段をのぼる絶好の機会なわけです。■そもそも
コンプライアンスとは、
そもそも、
「コーポレートガバナンスを目的に
、法律や規則などに従って活動を行うこと。」
です。
ですから、僕らが目指すべきゴールは、
コーポレートガバナンスであるはずです。
つまり、
結果として、コーポレートガバナンスが
確保されれば良いわけです。
ところで、あなた(Parent)のしようとしていることは、
コーポレートガバナンスの証明です。
証明するという発想は、際限がありません。
コンプライアンスという名前がつけば、
際限なくやることが増えていってしまいます。
海の水を沸かそうとしてはいけません。限界収穫という観点からいうと、
目的を共有して、最低限のミニマムスタンダード
を遵守するという態度が正解です。
目的が十分共有されていないというのであれば、
大いに、話し合おうではありませんか。
(こういう土俵は、新チャイルディッシュ主義者の独壇場です。)
■さて
さて、新チャイルディッシュ主義者の戦いぶりは、
いかがだっただろうか。
Parentたちを打ち負かしていただろうか?
ところで、当ブログのタイトルは、
「大人の人生はおもしろいか」
となっているけど、
「子供の人生はおもしろいか」
にしたほうが良いようなきがしてきた。σ(^_^;)
スポンサーサイト