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大人の人生はおもしろいか

この質問に答えようとすること。これこそが、僕らの創造と豊穣の源泉なのである。

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私が大組織を愛してやまない理由

「ウェブ時代をゆく」を読んでから、その熱病が冷めやらない。
繰り返し繰り返し、梅田望夫氏の提示したビジョンについて考えをめぐらせている。


前回、大組織適応性とうことで、大企業に適応できる人格の特質を紹介した。
そこで、いかに自分が大組織適応性に富んでいるかということを詠嘆したわけだが、
しかし、大組織適応性に富んでいるから不満はないかもしれないが、
よくその条件の文面を読んでいくと、積極的に楽しめるものではないような気もしてくる。

たとえば、

(1)「配属」「転勤」「配置転換」のような「自分の生活や時間の使い方を
  他者によって規定されること」を、「未知との遭遇」として心から楽しめる。
(6)「巨大」なものが粛々と動くことへの関与・貢献に達成感と充実感を感じ、
  長時間長期の「組織へのコミットメント」をいとわず、それを支える持久的体力にすぐれる。
(7)組織への忠誠心や仕事における使命感のほうが、個の志向性より価値が高いと考える。



などは、普通の感覚であれば、あまり楽しい状況ではないのではないだろうか。


例えば、(1)などは、他人から強制されるわけで、
うがった見方をすれば”刑務所”や”軍隊”みたいだし、
(6)の”持久的体力”あたりの言葉の選び方は、あまりにもリアルかつ
 端的で泣けてくる。(笑)
(7)みたいに好き好んで個の志向性を捨てるなんて、
 進んですることではないわな。


というわけで、
何で私は大組織にいるのだろう?
何か積極的な理由があるからこそ大組織にいるのではないのか?
と、自問自答してしまったのである。


梅田氏は、大組織でなきゃできない大規模でグローバルな仕事がある、
とか書いてるんだけど、
どうも、個人的な感覚としてはフィットしない。
(もちろん、その部分に魅力を感じてる人は多いんだろうけど)


そこで、思い当たったのが、ヴァージニア大学の心理学者、ダニエル・ウェグナーが唱えた
”交換記憶”(トランザクティブメモリー)という概念だ。


記憶とは、ただ単に頭の中にしまってある考えや印象、事実を指しているわけではない。
あの人に聞けばわかるというように、他人を通じて情報を蓄えているといえる。
こういった記憶のことを、交換記憶という。


交換記憶は、関係が親密でお互いがお互いの特質を知れば知るほど、円滑に行われる。
一番、わかりやすい例は、男女のカップル間のそれだ。


長年つれそったご夫婦で、奥様が外出してると、醤油のありかすらわからないというやつ、
これが交換記憶だ。


なにか新しい情報が舞い込むと、これについては、誰が責任を持って保存するか
ということを、わかっていれば、自分が覚えていなくても問題にはならない。
自分の専門分野だけ、記憶すれば、あとは他の人が記憶してくれるので、
全体としては大変効率がよいということになる。

この交換記憶を円滑に、高度に組織化しているのが、
日本の大企業といえるのではないだろうか。


日本の大企業の場合(少なくと私が勤めている会社では)、
実にコミュニケーションが密である。
その密なコミュニケーションが、交換記憶の絶え間ない生成を担っているのである。

もうひとつ、この交換記憶が高度に組織化されていることも見逃せない。

職位があがってくると記憶の量は少なくなってくる。
(つまり、現代の知識のスピードについけてないということ)
しかし、そのかわりに、交換記憶のインデックスみたいな役割を果たすようになる。
何かわからないことがあって、上司に聞きにいくと、
だれだれに聞けばわかるんじゃない?となる。
インデックスとは、こういうことだ。

つまり、職位の階層化を通じて、交換記憶の組織化を行っているのだ。

この交換記憶が機能すると、実に快適だ。
えらくなれば、自分では、何も知らなくても、なにもしなくても、
物事は回っていくし、それでいて、大規模な仕事はしやすくなる。
軽い全能感すら抱くのではないだろうか。


この交換記憶の快適さこそが、私が大組織を愛してやまない理由なのではないかと、
そう思い至ってしまったのである。


しかし、この交換記憶の快適さに溺れてしまうと、
自分でなにもやらなくなり、実務能力が低下し、ついには、
なにもできない人になってしまう。自戒が必要である。


ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)
(2007/11/06)
梅田 望夫

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2008/01/17(Thu)  未分類コメント(2)トラックバック(0)
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コメント





















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[5]No title
【ウェブ】http://seikatsusekkei.blog88.fc2.com/
【メール】

来ましたよ~♪
この前後も食い入るように読ませてもらいました。

私も今、大組織に居て、交換記憶を機能させることに奔走しているのかも知れない。
そしてそれがうまくまわると、確かに全能感を抱くこともあります。

とても面白く、考えさせられる記事です。
交換記憶の機能化は、大組織でなくてもとても重要で、いわゆる人脈とひとくくりにされる言葉にも通じますよね。
今、ボクは大組織の便利さと、起業スピリットの両立を目指しています。

また遊びに来ますよ~
勝手ながらリンクさせて頂きました^^

  • 2008/07/27(Sun) 12:05
  • リックルハング
  • 編集 ]
[6]No title
【ウェブ】http://sisousei.blog33.fc2.com/blog-entry-62.html
【メール】

リックルハングさん

示唆に富むコメントありがとうございます。

そうか、交換記憶って要は人脈なんですね。

そういう解釈もありですね。
そうであれば、大企業以外にも
重要ですね。


起業家というのは、
立ち上げ時の圧倒的実務能力に加えて、
マンパワーから組織力へというところで、
交換記憶の組織化が求められてくるような気がします。
スーパーマンじゃなくちゃいけませんね。σ(^_^;)

こちらも、リンクさせていただきました。




  • 2008/07/27(Sun) 21:46
  • やまいも
  • 編集 ]
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金融系システムの仕事をしています。
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