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大人の人生はおもしろいか

この質問に答えようとすること。これこそが、僕らの創造と豊穣の源泉なのである。

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空虚な言葉

今、僕は、車を買いたいなぁと思っているのだ。

子供ができたこともあって、
いま乗っているデミオより、ちょっとゆったりめで、
できれば、スライドドアなんかだと、
便利でいいかなぁという

こんな漠然とした感じで探し始めたわけだ。


で、今日はその車探しの顛末をあれこれ、話そうというわけではない。
言葉にこだわる当コラムらしく、”車と言葉”ということで話してみたい。

僕はそんなにカーマニアじゃないから、あまり車雑誌や車関連の記事を読まないんだけど、
ひとつかねてから、疑問に思っていることがあった。

それは、なんで、車って、あんなに人を饒舌にさせるのだろう?
という疑問だ。

車雑誌を読んだりすると、ただ車が走っているということを言うだけなのに、
洗練された大人の走りだとか、
力強く軽快な走りは
どこまでも逞しく
など、なんとも表現力が豊かだなぁと思う。

ここで、思い出すのは、ちょっと唐突だが、プロレスのことだ。
プロレスは、過去5回ほど黄金期を迎えたと思う。
1回目は、力道山のころ。
2回目は、猪木・馬場のころ。
3回目は、タイガーマスクのころ。
4回目は、全日本プロレス超世代軍のころ
5回目は、大仁田厚のFMWのころ

1回目と2回目の黄金期は、よくわからないけど、
3回目以降は、いずれもある一つの共通点がある。

それは、稀代のプロレス語り部の天才がいたという点である。
3回目は、古館一郎アナ、
4回目は、福沢朗アナ、
5回目は、週刊プロレスのターザン山本である。

3回、4回目の黄金期はテレビ中継での実況の面白さから火がついたのに対し、
5回目の黄金期は、週刊プロレスをはじめとする各種プロレス雑誌の
一つのプロレスの試合から、人生・哲学を語ってしまうという”活字プロレス”
の面白さが、ブームの源泉になっていたことが特徴である。

ここから言えることは、プロレスというのは、
試合そのものよりも、試合を肴に一杯飲めるかということが重要なのだということだ。
そして、一杯飲むためには、試合という素材を、肴にあつらえる料理人が
必要になってくる。その料理人こそが、プロレス語り部ということになる。

現在のプロレスの低迷の一つの原因は、プロレス語り部
の問題もあるのだろう。


で、プロレスとクルマに対する語りの共通点は、非常に感覚的な言葉を
実に饒舌に表現するということである。饒舌すぎて、”空虚”といってもいいかもしれない。
たとえば、車に対して、”スポーティブ”といわれても、
車業界に身を置く人にとっては、当り前の言葉かもしれないけど、
門外漢にとっては、別にスポーツするわけじゃないし、
よく考えると変な言葉だと思う。

誰にでもわかるように、スピードが出るんだよとか、
加速がいいよとか、なんで素直に言わんかねぇ
ちょっと気取り過ぎなんじゃないのって
と思わないこともない。

でも、最近、そんな考えを改めるようなことがあった。


今度乗る車として、スライトドアがいいというのがあったので、
マツダMPVも候補の一つとしてあった。

なので、試乗したんだけど、ちと、でかすぎで、ピンとこなかった。

でも、下の記事をよんで、考えが変わった。

http://business.nikkeibp.co.jp/as/kurumakatari/vol_03/03.html


日本カーオブザイヤーの選考委員でもある、あのユーミンの旦那さん松任谷正隆氏の文章なんだけども、

”体をかがめずにゆったりと乗れて、見晴らしのいいことから閉塞感もなく、
そのくせ全長が短くて済むというこの形こそ、未来の乗用車、
いや未来のリムジンのスタンダードになるべきだ、と考えた。”

という個所があった。


おお、ミニバンというのは、リムジンだったんだ。
ミニバンって、家族に便利という若干チープなイメージでとらえてたけど、
リムジンだったとは!

リムジンだったら、ちょっとばかり大きくても、
全然悪くない、というか、余裕があったほうがいいよね。
それに、リムジンを買っちゃうってのも悪くないんじゃない?
家族をリムジンに乗せちゃうオレったら、かっこいいよなぁ、
と、ころっとだまされてしまったのだ。

それまでは、"父になろう"のVOXYとか、
森高千里の宣伝で、キュートなママ車La Festaとか、
そういうのをイメージしてたんだけど、
リムジン?MPV?悪くないねぇと思ってしまったのだ。


このようにともすれば空虚、
しかし非常に微妙な感覚のひだに染みいる言葉、
こういう言葉を紡ぐことこそ、
僕が常日頃よくいっている
モード的価値の創造だよなぁ
と感じ入ってしまったのである。


堺屋太一氏が言っていたのだけど、
現代の消費というは、
主観的満足によってなされる、
それがブランドというものの正体である、
というようなことを言っていた。

全くその通りだが、そのブランドを形作るのが、
”空虚な言葉”なのである。



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2007/09/17(Mon)  未分類コメント(0)トラックバック(0)
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