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大人の人生はおもしろいか

この質問に答えようとすること。これこそが、僕らの創造と豊穣の源泉なのである。

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フローと自己(エゴ)2


■無意識との関係

僕らは、意識しか「意識」することはできません。
しかし、僕らを突き動かしているのは、主に無意識です。
無意識が僕らを突き動かすのは、良いのですが、
無意識はともすれば、意識から見て了解可能な方向へとは
ドライブしてくらない場合があります。

このような場合、意識と無意識が対立状態にあり、
注意力が引き裂かれ、いわば葛藤状態に陥ります。

ですから、僕らとしては、無意識からの誘引を意識から見て了解可能なものへ変換しておく必要があります。これのことは、以前にプログラムの書き換えという用語をつかって紹介しています。

無意識からの駆り立てというのは、多くの場合、「不足」の形をまとって
意識に立ち現れてきます。

そして、その不足を満たすと、快楽が与えられます。
快い、「感覚」を得るのです。


しかし、快楽を追求することだけでは、フローを得られません。
無意識の擾乱が少ないため、フローが得られやすい状況なったというだけです。

フローとは、無意識を飼いならす方向の問題ではないという点がとても重要です。



■フローの方向性

では、無意識からの擾乱を抑制することに成功したら、次に何をするのでしょうか。

フローを生み出すには、僕らは、複雑になる方向性で活動に従事しなければなりません。


なぜ、複雑の方向性が、フローが生み出すのか?

それは、そもそも進化の方向性そのものが複雑化の方向性だから
という、まことにあいまいな答えをチクセントミハイは述べています。

では、なぜ、進化は複雑化の方向性に進んでいるのか?

これについては、現在のところ、私自身納得のいく説明はできません。
しかし、我々にとって、なぜそうなるかというより、どうしたらフローを得られるかという実践的な問題のほうが重要でしょう。

当然、構造というのは大事です。しかし、構造を追及するより、実践を生み出す最低限の構造を明らかにするというのが、やまいものスタンスなのです。

複雑化という状況は、差異化と統合化というプロセスを経てもたらされます。

差異化とは、独自性や他者から自分自身を区別する傾向で、
統合化とは、他者との結合であり、自己を超えた思想や実体との結合を意味します。

個人の成長を例にとると、
あるロッククライマーは、山を登りきったことによって、
より有能に、より熟達した感覚をもとらすので、差異化されることになります。
と同時に、山に登るとき、ロッククライマーはフロー状態では、他者や世界に対して
「ともにいる」感覚を持つことがしばしばです。そして、その他者との一体感がエクスタシーをもたらすことになります。

こうして、フロー体験をした、ロッククライマーは、
差異化していると同時に、世界との調和をした統合化された自己を手に入れることになるのです。


■フローの条件

さて、複雑化をその方向性とするフローですが、具体的にどのような活動をへてフローに至るのでしょうか。

フロー体験をするには、次の条件を満たすことが求められます。

①能力を必要とすること
②明確なフィードバックがあること
③自己目的的であること

これら全部出ないにしても、すくなくともひとつくらいはフロー体験を生み出すのに有効な要素です。

①の能力を必要とすることというのは、前述の差異化と整合的です。
差異化を生むには、能力を伴う活動でありかつ、活動を行うことのよって能力が向上するすることが必須となってきます。
②の明確なフィードバックというのは、活動している最中、それ以外の活動へ注意力を錯乱させてしまうことを防止します。例えば、本当に今私はこの活動に従事していて良いのかどうかというのは、常に我々を悩ませる錯乱要因です。この錯乱要因をシャットアウトするというのは、フローを生む上で極めて重要になってきます。
③の自己目的的であるということ。これは、フローが不足によってドライブされる活動でないことに由来します。不足がドライブする活動は、不足が満たされてしまえば、更なる追求は一旦は退けられます。しかし、活動自体が目的になってくると、活動が到達点を迎えても、更なる上の目標を掲げるようになります。

これらの、3つの条件を満たす活動として、僕らの生活にとっても根付いているものがあります。それは、ゲームとスポーツです。

ゲームとスポーツというのは、能力を必要とすることは論を待たないし、勝ち負けという明確なフィードバックがあることは明らかです。さらに、プロスポーツならいざ知らず、アマチュアスポーツの多くは、その活動自体を目的にしています。

というより、ゲームやスポーツは、フローをもたらすよう設計されていると考えることができるでしょう。

さらにいえば、僕らが文化と呼ぶもの多くは、フローを生み出すために存在するといってよいでしょう。文化的というものは、多くは、食べるという不足を充足する以外の活動として特徴付けられます。であるから、必然的に楽しみを目的にするということになるのですが、その目的に合致した活動が、フローの前提条件を満たしたとしても、不思議ではありません。

これは、チクセントミハイ氏もいっているのですが、フローの多寡をもって文明・文化を評価することが可能なのかもしれません。

これは、やまいもの見立てですが、よりフローを多く持った文化が生き残っているのではないでしょうか。なぜなら、強い軍隊をもった文化よりも強いフローをもった文化のほうが、長期的には強いと考えられるからです。

また、これは、企業についても言えるのではないでしょうか。つまり、より強いビジネスモデルを作り上げた企業が生き残るのではなく、つよいフローを可能にした企業文化をもつ企業が生き残る、と。当たり前といえば、当たり前ですが、人が生き生き仕事しているほうが、生き残りやすいと考えるのが普通なのですから。


(次回へつづく)



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2009/07/20(Mon)  自我(エゴ)コメント(0)トラックバック(0)
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人類の進化という観点から捉えた金融危機の意味について
自由論
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