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大人の人生はおもしろいか

この質問に答えようとすること。これこそが、僕らの創造と豊穣の源泉なのである。

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人類の進化という観点から捉えた金融危機の意味について5

■金融危機の意味を考える上での立ち位置

さて、ここまで、道具立てをひと揃えしたうえで、
改めて、金融危機という、金融資本主義の崩壊を捉えなおしてみたいのです。


ここで、大事なのはこの問題領域をとらえるフレームです。
どのような問題意識で、対象をとらえるかが、極めて大事なのです。


人は、見たいものしか見えないような仕組みになっています。
見えているものと見たものは違うといってもよいかと思います。

つまり、”求めよ、さらば与えられん”です。


よくありがちな、フレームとして、”誰がわるかったのか”
というフレームがあります。

こういう風なフレームで世界を見るというと、
それは、評論家、ということになります。


後出しじゃんけんのように、投資銀行や金融当局の批判をする
人たちがおりますが、いかがなものかと思います。

そんなの最初からわかっているんだったら、
教えてくれたらいいじゃない、という気になります。

他人事のようでもありますしね。


というわけで、金融当局が悪かったとか、投資銀行が悪かっただの
という議論は、ここではいたしません。


また、マネーの暴走を可能にした信用創造という極めて巧妙な仕掛けと、
繰り返される各国の金融緩和政策(これによりマネーが過剰に供給され
あまったお金が一点に投資されることによりバブル経済を招いたという
議論あります。)などが悪い、といったような制度的なものへの批判も展開いたしません。


そうではなく、人類史として、
テクニカルに正しいことができなかったとか、そういう部分も含めて
人類という種としてどういう方向に進むべきなのだろうかと、
そういうふうな視点で考えたいと思っているわけです。





■金融危機の意味に関する2つの考え方



金融資本主義の目指したもの、ひいては人類が目指してきたものとは何だったのか?

それは、これまでお話ししてきた文脈でい言うと、

「感覚の肥大化」

です。


要は、良い感覚即ち快を沢山得たいということです。
極めて人間的かつ、人類の進化の観点で、極めてまっとうな方向性であった云えます。



それ故、問題が難しいわけですが、
その問題も、貨幣、感覚といった観念上の事柄が問題であるわけですので、
観念上の操作で解決できる、と私は考えているのです。
それはともかく。



金融危機というのは、今まで議論してきた文脈からいうと

貨幣という感覚肥大化装置をつかった、感覚肥大化路線が、
曲がり角をむかえた、

ということになると思います。

そこで、問題なのはこの”曲がり角”の意味についてです。


2つの見解があるのではないかと思います。



■足るを知る?


ひとつは、感覚の肥大化路線そのものに対する、否定です。

この感覚の肥大化という進化の暴走は、無理があるという考え方です。

進化の暴走は、時として、生存の危機をもたらすほど
暴走しすぎるきらいがあります。

鹿の角しかり、キリンの首しかりです。


感覚の肥大化ということでいうと、
僕は、マイケル・ジャクソンを思い浮かべてしまいます。

彼ほど、いわゆる”よい感覚”つまり、快を純粋に求めた人物はいないのではないでしょうか。

その結果は、どうなったでしょうか?

ネバーランドは競売にかけられ、顔面は崩壊するという。
凡そ、一般的な幸福のイメージではありません。

となると、感覚の肥大化=悪、故に、

慎ましやかに生きろ
 
 とか

足るを知れ

とかそういった、陳腐は結論がちらついてきてしまいます。

本当に、こんな陳腐な結論いいんでしょうか?



■感覚貨幣の可能性


もうひとつの見解は、感覚と貨幣の関係性において、
限界がきているという考え方です。


実体経済という言葉があります。

実体経済というのは、こういうことです。

僕らが働いて、給料をもらって
そのお金で、商品をかって、その商品を作るのに
企業がお金をかりて、設備投資して
という、そういったプロセスがありますが、
そのプロセスのなかで流れるフローの総量
これを、実体経済といいます。


それに対して、お金の量は、この実体経済以上に存在しています。
それに対する解釈は、貨幣の保存性によってもたらされた
富の蓄積と説明してもよいでしょうし、
貨幣が観念的な存在であるため無から有をつくることができる、
と説明してもよいでしょう。

例えば、保険商品。これは、保険という観念がなかったら
存在しない商品です。しかし、リスクヘッジという観念を創出したことによって
サービスが増えるということがおきます。それに付随して
貨幣も増えるという仕組みになっています。
ちょっとここのところは、わかりにくいところですが、
お金の流量というのは、人々の観念の総量、欲望の総量に比例します。
というのも、信用創造という仕組みによって、
随意にマネーは生むことができるからです。


いずれにせよ、普通に生活をするのに必要なお金の量(実体経済)
と、際限のない感覚世界が共通の通貨を使っているため
感覚世界のボラティリティ(※)が、簡単に実体経済を飲み込んでしまう、と。

ここが問題であると考えることができます。

(※)感覚世界は、バージャルであるためきわめてボラティリティが
  大きいという性質を持っています。

ということになれば、解決策はひとつです。

実体経済の貨幣と、感覚世界の貨幣を分離すること、です。

つまり、感覚貨幣の可能性を模索することになるわけです。


■ わかりにくい結論

さて、今紹介した2つの解釈ですが、やまいもとしては、
どっちを支持しとるんじゃ、という声が聞こえてきそうです。

当然、後者ですよね、と思われてしまいそうですが、
そうでもない、というのが、本シリーズの非常にわかりにくい
結論となるわけです。


人類というのは、、いままで私が切々と議論してきたようなことは
うすうす気づいているのではないでしょうか。
やまいもにいわれるまでもなく。

確かに、実体経済が感覚世界と分離されてくれば
安定した世界経済がもたらされるかもしれません。

そして、溺れている人から見れば、
船の上の人は、さぞかし、優雅に見えるでしょう。

しかし、僕らが求めているのは感覚だ
ということを思い起こしてもらいたいのです。

そうなると、溺れているという状況が解消された暁には、
どうなるでしょうか。

やはり、感覚を追求しに行くことになるのです。
そして、その成れの果ては、マイケル・ジャクソンわけです。
成れの果て、という否定的な表現をつかいました。
すべての人が、マイケル・ジャクソンになるわけではありませんが、
金融危機の直前まで、アメリカで行われていたことは、
マイケル・ジャクソン的状況であったと思います。

その限界に、人類は気づいてきていると思うのです。
溺れるもののメンタリティで、感覚を追求すると
マイケル・ジャクソン的状況へ行き着く
ということを。

では、その限界の先にあるものはなにか?

それは、自由であると思うんです。

そう、足るを知った後、溺れる状況を達した後、
人が求めるもの。

それは、自由であると思うんです。

そのことについては、今後、ゆっくり語っていくとして、
ひとまずは、今シリーズは、終わりにしたいと思います。


(了)

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2009/03/01(Sun)  人類の進化という観点から捉えた金融危機の意味についてコメント(4)トラックバック(0)
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コメント





















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[174]
【ウェブ】http://19971129.blog47.fc2.com/
【メール】

やまいもさん

実体経済=モノの世界
観念世界=心の世界

と解釈してもいいでしょうか。衣食住が最低限満たされたところから、観念世界の追求が始まるのだと思います。これは人間の本性であると言えると思います。

したがって、無限の欲望を持つことは人間の本性であって、全く自然なことだと思うのです。

それでは何が問題なのでしょうか。私は欲望の方向性だと考えています。

あと、自由について。欲望をコントロールできる自由こそ、真の自由だと思ったりしてしまいます。なんだか、先日の私の記事に通じる世界があるなあと感じながら今回の記事を読ませて頂きました。

  • 2009/03/02(Mon) 19:50
  • やっちゃばの士
  • 編集 ]
[175]
【ウェブ】http://sisousei.blog33.fc2.com/
【メール】

やっちゃばさん、こんばんは。

>私は欲望の方向性だと考えています。

まったくその通りですね。
ただただアンコントローラブルに欲望を追求していくと、ひどいことになりますよね。

このコントローラブルということと、自由ということとはかなり近い概念である、ということに最近気がついて、「おお!」と思ったのでした。



  • 2009/03/02(Mon) 21:06
  • やまいも
  • 編集 ]
[177]
【ウェブ】http://blog.livedoor.jp/moneymassage/
【メール】

感覚の肥大化・・・、大変適切な表現ですね。
勉強になります。
ありがとうございます。

  • 2009/03/07(Sat) 22:52
  • 林浩太郎
  • 編集 ]
[178]
【ウェブ】http://sisousei.blog33.fc2.com/
【メール】

林さん

こんにちは。ご愛読ありがとうございます。
こちらこそ、いつもブログを拝見させていただいて、
勉強させてもらっていますよ。






  • 2009/03/08(Sun) 10:13
  • やまいも
  • 編集 ]
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プロフィール

Author:やまいも
金融系システムの仕事をしています。
趣味は理屈をこねること。
そして、こねた理屈で人類の幸福を希求する。
これが私の願いなのです。

代表的な記事としては、次のものがあります。

「空気を読む」という言葉に内包されている危険な側面
人類の進化という観点から捉えた金融危機の意味について
自由論
HappynessとSuccessそして有能であるということ
やさしさについて
自我(エゴ)

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